このコラムについて
英国のマジック・ポッドキャスト 『Desert Island Tricks』 のガイ・ホリングワース出演回を、日本のマジック愛好家向けに紹介する全3回の第2回です(番組の趣旨と人物紹介は第1回を参照)。
第1回では彼の「遅く演じるマジック」の美学を扱いました。今回のテーマは、その演技を支える土台──「他人のトリックをほとんど演らず、自分でゼロから作る」という、彼の創作観です。ガイは番組冒頭でこう言いました。「放っておくと、今回のは極端に短いポッドキャストになってしまうよ。デック8組を持っていって自分のトリックだけをやる、で終わってしまう」と。事実、彼が島に持っていく8演目の大半は、自作の手順でした。
「買わない」マジシャン
ガイは、マジックショップでトリックをほぼ買いません。ギミックや小道具を単体で買うことはあっても、パケット入りの”完成品トリック”を店で手に取ることは滅多にない、と言います。
この気質の源泉を、彼は自身の来歴に求めます。祖父は「ちょっとした発明狂」で、家庭内の便利道具を次々に自作する人だったようです。その古いノートは今もガイが所持しているうえ、彼自身の学位は工業デザインです。「何かを考案し、設計すること」が根にあり、マジックはずっとその習性と分かちがたく結びついてきたと言います。「僕がマジックを好きな一番の理由は、何かを考案し、やり方を見つけ、パズルを解き、問題を乗り越えることなんです」。
だから彼の“島に持っていく物リスト”は「ディーラーから買える買い物リスト」にはならない、と最初に断ったのです。
「リフォーメーション」──”知的パズル”としてのトリック
彼の代名詞的マジックの一つである、トーン&レストア・カード「リフォーメーション」の誕生譚は、この創作観を象徴します。
デザインを学んでいた大学在学中、彼はこれを純粋な知的パズルとして着想しました。「サインされたカードを、一片ずつ元に戻せるか」。幾何学的に考えれば、カードを折り、破り、4分の3まで見せた状態から最後の一片を足し、破れ目なく完全に復元して手渡す方法など、どう組み合わせてもあり得ないように思えます。「うまくいくかまるで分からないまま、ゴールのイメージだけが先にある状態で作った」。
出発点はJ.C.ワグナーのトーン&レストアでした。ただしワグナー版は一片ずつの復元ではなく、最後の4分の1も復元せず”同一カードである証拠”として観客に渡す構成。ガイはここから「なぜ一片ずつ、視覚的に復元できないか」を詰め、二片が融合し、三片目が加わり…という手順に組み替えていきます。この「一片ずつくっつく」構造は、後にトーン&レストア・ニュースペーパー(彼のステージアクトの一節)にも一貫して流れる、彼の特徴的な発想となります。
重要なのは、最初は「ひどい出来」だったと本人が認める点です。「メソッドが悪いのか、単に練習不足なのか分からなかった。だから、様になるまでただ繰り返した」。22歳のとき米TV特番『The World’s Greatest Magic』で披露し、一夜にして注目を集めます。当時のアメリカでは、この年次特番が新しいマジックの登竜門でした。放送の少し前にデヴィッド・カッパーフィールドが特番で演じた、貴少な野球カードを破って復元する演技と見た目が似ていたことも、マジシャン達の関心を後押ししたと分析します。
あえて調べない──再発明の”罠”と”功”
ガイには際立った作法があります。新しいトリックに取り組むとき、あえて既存のメソッドを調べない、というものです。
「あるトリックのあらゆる方法を研究したら、それが自分の思考を”こう解くべきだ”と縛ってしまうのではないか」。彼が敬愛するレナート・グリーンが、マジック文化にどっぷり浸かっていなかったからこそ独立した発想で新しい方法を生み出せた──その姿勢を、彼は自分にも課しているのです。
もちろん代償はあります。「しばしば車輪の再発明に終わる」と彼は苦笑します。後から他人の版を見て、そちらの方が優れていると気づき、その要素を逆算して自分の手順に組み込み直すことも多いと言います。トーン&レストア・ニュースペーパーでも、完成後にアクセル・ヘクラウの版を見て「先に見ていれば手が止まったかもしれないが、あの要素を採り入れたら劇的に良くなった」と認めています。「調べない」は非効率だが、その非効率がオリジナリティの温床になるという逆説です。
なお彼は、より体系的な設計論を試みたこともあります。マジック・サークル100周年の講演で配布した小冊子『Waiting for Inspiration』では、工業デザインの手法を援用して「良いトリックの同定→方法の発見→洗練」を論じました。ただし「正直に言えば、普段はそんな風には作っていない。もっと有機的な流れでトリックは生まれる」とも言います。
創造的制約──”好きでない道具”を選ぶ理由
自作主義の彼が、島に持っていく道具としてリンキング・リング(TCC製の「Wonderful Linking Rings」)を挙げたのは、意外なチョイスです。しかも本人が「この道具、正直あまり好きか分からない」と認めています。
その理由は「創造的制約」でした。選択肢が多すぎるとかえって創造的になれない。あえて自分が選ばないような、好きでない道具に自分を追い込むことで、普段と違う・より創造的なアプローチが引き出されるだろう、と。
彼はこれをレストランに例えます。「評価の高い名店に行ったなら、普通の店でも頼めるものは頼まない。むしろ”嫌いそうだ”と思うもの(普段は苦手な仔牛のレバーなど)を頼む。すると『こんな料理法があったのか』という発見がある」。リンキング・リングも同じで、一般的なメソッドを使わない自分なりのルーティンを開発中だといいます。だが「これが良い方法なのか、ただの時間の無駄なのか、まだ分からない」──「リフォーメーション」誕生時と同じ地点にいることを、彼はむしろ楽しんでいます。
「難しさの壁」は思い込みである
最後に、独学者に効く一節を。ガイが島に持っていく唯一の本は『Expert Card Technique』でした。
少年期の彼の出発点は、地元の公共図書館だったようです。良し悪しも難易度も知らぬまま、置いてあった数少ないマジック書を借りて読む。そのひとつが本書で、チャーリー・ミラーのフォールス・シャッフルなど、今も使う技法をここで覚えたと言います。
決定的だったのは、「これらが”難しい”と知らずに始めた」ことでした。16歳でマジッククラブに通い始めて、「なぜそんな難しいものを演るのか」と言われ、初めて驚いたと言います。図書館の本は淡々と手順を記していただけなので、彼にとってそれは「マジックとはこういうものだ」というものだったのです。テニスの入門書に「サーブはボールを上げてこう打つ」と書いてあれば、そうするものだと思うのと同じで、「難しい」という前情報=壁が最初から無かったのです。
さらに彼はピアノを引き合いに出します。「嫌々習わされたものだが、ごく簡単な曲を弾くだけでも、たいていのマジックのスライトより余程の器用さと指の運動を要する。それに比べれば、難しいとされる技法も客観的にはそこまで難しくない」。最もシンプルな方法を探し、スライトを削るべきだという原則には同意しつつ、「できる技法の幅が広いほど、演じられるトリックも解法の選択肢も増える」と、技術を積む価値を明快に説きます。
「作ること」こそが出発点
ガイ・ホリングワースの創作論は、突き詰めれば単純です。自分で作る。あえて調べない。嫌いな道具に飛び込む。難しさを疑う。効率だけを見れば遠回りばかりですが、その遠回りこそが、歴史に残る傑作集を生む土壌だったのかも知れません。
第1回「なぜ名手は”急がない”のか─ガイ・ホリングワースが語る「遅いマジック」の美学」
(第3回「名品は日用品に宿る──”普通の道具”と”懐かしさ”の美学」に続きます)
🎧 出典:ポッドキャスト『Desert Island Tricks』ガイ・ホリングワース回(制作:Alakazam Magic)
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