2026年8月18日、ホアン・タマリッツが亡くなりました。83歳でした。マドリードの病院で、家族に囲まれて。遺族の言葉を借りれば「苦しむことなく、彼のトレードマークだった笑顔のまま」だったそうです。 訃報を見てから、この原稿を書こうとして何度も止まりました。どこから語ればいいものか…。アメリカの有名マジシャン、デビッド・ブレインは彼を「(当時)存命している中で最も偉大かつ影響力のあるカードマジシャン」と呼びました。まずは、彼がどういう人生を歩んだのか。
始まりは4歳の劇場
タマリッツは1942年、マドリード生まれ。本名はフアン・マヌエル・タマリス=マルテル・ネグロン。父は軍人でした。マジックとの出会いは4歳のとき。自分から両親にせがんで、マドリードの劇場でマジシャンの舞台を見せてもらったのが最初だといいます。6歳で早くも友人相手に初披露。プレゼントにもらったマジックセットの8つの手品を、家族の集まりで繰り返し繰り返し演じて育ったそうです。 面白いエピソードがあります。16歳のとき、スペイン奇術協会(SEI)に入会を申請したところ、断られます。理由は「最低年齢は20歳」という規定のため。数年後、とは言えまだ20歳にならない歳で彼は再び協会の扉を叩き、審査員の前で実技を披露します。その腕前に、協会は年齢規定のほうを曲げて彼を迎え入れました。のちに世界中のマジシャンの師と呼ばれる人の、これが出発点でした。
物理学と、映画と
ここからまっすぐマジックに進まなかったのが、この人の面白いところです。大学では物理学を専攻。5年課程を3年まで進めて、中退します。次に選んだのが国立映画学校。在学中に短編映画を2本監督しています。 映画の道は、1970年、学生運動のあおりで学校自体が閉鎖されて絶たれました。人生の先が見えなくなったときに、残ったのはマジックでした。観客の心理を実験のように検証する目と、マジックを一本の物語として組み立てる構成力。あの人の独特さは、この回り道と無関係ではなかったはずです。 下積みは長かったようです。本人がのちに語ったところによると「何年もの間、私はひどいものだった。誰も雇ってくれなかった」。その時期の生活を支えたのは、看護師だった最初の奥さんの給料だったといいます。世界一のカードマジシャンにも、そういう時代がありました。
1973年、パリ
転機は1973年。マジックのオリンピックと呼ばれる世界大会F.I.S.M.のパリ大会で、タマリッツはカードマジック部門の世界チャンピオンになります。実はその3年前、1970年のF.I.S.M.でもマイクロマジック(クロースアップ)部門で2位に入っていて、パリは雪辱の舞台でした。優勝演目は「パリの演目(El número de París)」。ハーモニカを吹きながら、カードとコインが変化し、消えていく。師のアルトゥーロ・デ・アスカニオは、これを「私が見た中で最も偉大なマジック」と評したと伝えられています。 そしてスペインでは、テレビが彼を国民的な存在にしました。1970年代、国民的クイズ番組「Un, dos, tres… responda otra vez(1、2、3……もう一度答えて)」に奇人「ドン・エストレチョ(Don Estrecho)」役で50回以上出演してお茶の間の顔になり、1988年からは自身の冠番組「Magia Potagia(魔法の合い言葉)」がスタート。トランプ一組と帽子、マジックを終えたときに見えないバイオリンを弾いてみせる「チャン・タタチャン」の決めポーズ。スペインでは数世代にわたって、家庭の記憶になっている人です。活動はスペインにとどまらず、アメリカNBCの特番や、日本のNHK、イギリス、フランスの番組にも出演しています。 考えてみてください。カードマジックですよ。本来、目の前の数人にしか見せられない芸です。それをその時代にお茶の間の人気芸にしてしまったのです。
「学派」をつくった人
もうひとつの顔が、理論家であり、指導者であることです。 1970年代の初め、彼はアスカニオらとともに「La Gran Escuela de Magia(マドリード・マジック学派)」と呼ばれる研究グループを立ち上げ、牽引しました。マジックを感覚ではなく、心理学と理論で徹底的に考え抜く集まりです。この土壌から何が生まれたのかは、後編で書きます。 栄誉は数え切れません。ハリウッドの殿堂マジック・キャッスルの「マジシャン・オブ・ザ・イヤー」。スペイン政府の美術功労金メダル(2011年)。マドリード市の金メダル(2019年)。著書は17か国語に翻訳されたといわれます。伝説の名人ダイ・バーノンは、「80年を超えるマジック人生で、彼ほど私を騙した者はいなかった」と語ったと伝えられています。世界中のマジシャンを騙し、笑わせ、そして育てた人。それがホアン・タマリッツでした。
最後まで、マジックと
晩年の彼はパーキンソン病を患っていました。それでも、体が許すかぎり、マジックの仲間たちの集まりに顔を出し続けたそうです。口癖のように繰り返していた言葉があります。「Magia, Alegre, Vida——マジック、喜び、人生」。そして「マジックは楽しむためのものだ」。 「誰からも深く愛され、敬われた、素晴らしい人でした」として訃報を発表したのは、娘のアナ・タマリッツさんでした。彼女自身もマジシャンで、マドリードでマジック学校を主宰しています。F.I.S.M.は公式に「マジック界は真の巨匠の一人を失った」と声明を出し、スペインの副首相から英国の人気マジシャン、ダイナモまで、追悼の言葉は国境もジャンルも越えて広がり続けています。 後編では、彼の前と後でマジックがどう変わったのか。そして、私自身がご本人から受け取ったものの話をします。
参考情報
- Wikipedia (es) Juan Tamariz(生い立ち・SEI入会・映画学校・TV歴・FISM歴): https://es.wikipedia.org/wiki/Juan_Tamariz
- Wikipedia (en) Juan Tamariz(受賞歴・海外出演): https://en.wikipedia.org/wiki/Juan_Tamariz
- Vozpópuli(家族・幼少期・下積み時代): https://www.vozpopuli.com/amp/dolcevita/asi-era-el-mago-juan-tamariz-su-familia-y-raices-andaluzas-su-infancia-su-mujer-tambien-maga-exparejas-sus-hijos-estudios-y-exitosa-trayectoria.html
- Forbes España(訃報・死去状況・受賞歴): https://forbes.es/obituario/1001801/muere-juan-tamariz-a-los-83-anos-mago/
- Ara(英語版・訃報・家族声明): https://en.ara.cat/media/dies-at-83-years-old-the-magician-juan-tamariz_1_5826972.html
- El Español(通夜・パーキンソン病・最期の日々): https://www.elespanol.com/corazon/famosos/20260819/mensajes-naipes-baraja-francesa-gesto-david-copperfield-detalles-velatorio-juan-tamariz/1003744357394_0.html
- Magia Potagia 1988年開始(IMDb): https://www.imdb.com/title/tt0465827/
- FISM公式追悼声明: https://www.facebook.com/fisminternational/posts/1518977570274280/
- 文化界・政界の追悼(Infobae): https://www.infobae.com/america/agencias/2026/08/19/el-mundo-de-la-cultura-y-la-politica-despiden-al-mago-juan-tamariz-su-humor-y-su-magia-nos-conquistaron/
- 口癖「Magia, alegría, vida」: https://www.religiondigital.org/beste_aldera_joan_zen_jesus/magia-existe-in-memoriam-juan-tamariz_132_1464052.html
- COPE(訃報): https://www.cope.es/actualidad/cultura/noticias/muere-mago-juan-tamariz-legendario-ilusionista-espanol-83-anos-20260818_3421604.html
- FormulaTV(訃報・TV経歴): https://www.formulatv.com/noticias/muere-juan-tamariz-magia-potagia-138004/
