名品は日用品に宿る──ガイ・ホリングワースの道具論と、ひとつの”追放”

このコラムについて

英国のマジック・ポッドキャスト 『Desert Island Tricks』 のガイ・ホリングワース(Guy Hollingworth)出演回を、スクリプト・マヌーヴァが再構成した全3回の最終回です(番組趣旨と人物紹介は第1回、彼の創作観は第2回を参照)。

第1回は「遅さの美学」、第2回は「ゼロから作る流儀」。締めくくる今回は、彼の演技全体を貫くもうひとつの軸──「道具は、マジック専用に見えてはいけない」という美学を扱います。番組の”追放するトリックを1つ選ぶ”というコーナーとも、この思想は深く結びついています。

大統領が設計した、完璧なカップ

ガイが無人島に持っていく道具は、カップ&ボール。彼はマジックショップのカップを使いません。少年期〜学生期に手が届いたディーラー品は「安っぽく、粗末で、フリーザーバッグに入っているような代物」が多く、好きになれなかったという原体験があります。

代わりに使うのがジェファーソン・カップ。ガイによれば、第3代米大統領トマス・ジェファーソンが、贈られて気に入らなかった大量の銀を溶かして作らせたことに由来する器だといいます。米国では今もトロフィー店で扱われ、卒業祝いの品として売られているものです。ガイは偶然見つけたこれが、カップ&ボールに「驚くほど完璧」だと語ります。マジック用カップにありがちな側面の溝がなく、重ねると中央にボール一個ぶんの理想的な隙間ができ、底には小さなくぼみがあって乗せたボールが転がり落ちない。ファイナルロードにもサイズは充分。「知らず知らずのうちに、ジェファーソン大統領はカップ&ボールに最適なカップを設計していた」と笑います。

「指の間に4個」を、拒む

道具観がさらに鮮明になるのが、ステージアクトのビリヤードボール(四つ玉)です。ガイの用いる手法は標準的なビリヤードボールのそれではありません。その動機が痛烈です。

マジシャンの典型的な宣材写真の一つに、指の間にボールを挟んだ姿があります。5本の指の間に4つの隙間があるから4個、両手なら8個。「8個も挟めるなんて凄いマジシャンだ」と言うわけです。しかし彼はそこに疑問を抱きます──それは現実のビリヤードとは何の関係もない格好だと。一般の人にとってビリヤードの球は、台の上でキューでついてポケットに落とすもの。誰も指の間に4個挟むなんてことはしない。一般的なメソッドがその持ち方をするから、マジシャン側が”ビリヤードボールとはそういうもの”と慣らされているだけだ、と。

だから彼は、球をごく普通の物体として扱える方法を採り、道具にもこだわります。ノスタルジックな芸風(彼は燕尾服で演じます)に合わせ、球は伝統的なものを使います。白(キューボール)2個・赤(オブジェクトボール)1個の計3個です。収めるのは、1920年代に実際にビリヤードセットを買えば付いてきたような、マホガニーの小箱。「観客がそれを知っているかは分からない。でも、マジックの外の世界でしっかり存在理由がある道具だ」。彼が一貫して狙うのは、マジックの小道具に見えない、現実世界に実在する道具です。

ジャケット──究極の”非マジック”道具

番組の後半で「マジック専用ではないが演技に使う道具」を1つ選ぶコーナー。ガイは「ジャケット」と即答します。

理由は、まずこれがほとんど”万能ツール”であるということ。ポケットは内蔵のケースであり、トリックの保管場所であり、スイッチの場になります。袖で物を消せるだけでなく、第1回で触れたパトリック・ペイジの消失技法も、彼独自の「フラッピング」も、この上着の構造を利用します。

さらに彼は道具をディスプレイする場として胸ポケットを常用します。ポケットの内側にマジックテープや小さなスナップを縫い付けるのがちょっとしたコツで、そうすることでサインされたカードを差してもポケットの奥に落ち込まず、見える位置に留まります。テーブルを使わず観客の手の中で行うワイルドカードにおいては、変化するたびカードを胸ポケットに差していく、なんて使い方もしています。「これほど便利な道具を手放すなんて、考えられない」と。

しかも彼は上着を”特注”しません。弁護士になった頃に何着かスーツを仕立てたが、費用に見合う価値を感じなかったようです。今はヴィンテージや古着を買い、近所の仕立て屋で寸法直しをし、マジックテープ程度なら自分で縫う。ここでも第2回の「自分で作る」気質が顔を出します。

“追放したい道具”──ミューティレイテッド・パラソル

番組には「ひとつのトリックを島に埋め、二度と世に出さない」という追放コーナーがあります。ガイが選んだのはミューティレイテッド・パラソル(傘のトリック)でした。

現象はこうです。派手な色地の傘を鞘のようなものに入れ、柄だけが出た状態にする。次にシルクを何枚も取り出して奇妙な袋に入れる。袋を開けると中身が傘の布地に変わっている(あるいは袋自体が傘の上部に変わる)。そして傘を開くと、消えたはずのシルクが各骨の先に結ばれて現れる、というものです。

ガイはこれを「馬鹿げている」と一刀両断します。誰も「どうやったのか」と不思議がらない。具体的な仕掛けは分からずとも、あの奇妙な袋と鞘の中で何かが起きたのは明白だし、骨に結ばれたシルクが最初のものと同じでないことも見え透いている。第2回・今回と通底する彼の物差しで言えば、これは「普通でも、魔法でもない中途半端なもの」なのです。「僕は魔法使いで、この不思議な道具を使ってこんな不思議を起こす」でもなければ、「ただ雨よけの傘を持っているだけの普通の人間」でもない。実在の理由を持たない”変な道具”で、理屈もなく、ただやるためにやっている──ヴォードヴィル時代の遺物だ、と。番組のインタビュアーは、アンディ・ナイマンの「マジシャンは奇妙な道具を持つべき」という別回の発言を引きつつ、パラソルの場合は「奇妙な道具が手法を成立させるためだけに存在している」点が問題だと整理し、ガイもこれに同意しました。

まとめ──良い道具選びは、”底上げ”の第一歩

3回にわたり、ガイ・ホリングワースの哲学を追ってきました。遅くても崩れない構造を作り(第1回)、自分の頭でゼロから設計し(第2回)、そして道具は現実世界に居場所のあるものを選ぶ(今回)。大統領のカップ、本物のビリヤードセット、一着のジャケット──彼の選択はどれも「マジックのために存在する変な道具」ではなく、「世界に実在し、たまたまマジックにもうまく使えた道具」でした。

道具をどう選ぶか。それは種や技法と同じくらい、演技の品格を決めます。上質な演技への道は、こうした一つひとつの選択の積み重ねから始まるのかもしれません。

(了)

🎧 出典:ポッドキャスト『Desert Island Tricks』ガイ・ホリングワース回(制作:Alakazam Magic)
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