彼以前と、彼以後——ホアン・タマリッツはマジックの何を変えたのか(後編)

前編では、2026年8月18日に83歳で亡くなったスペインのマジシャン、ホアン・タマリッツの人生をたどりました(前編はこちら)。

後編は、彼がマジックの何を変えたのかという話です。彼の前と後で、マジックはどう変わったのか。

不思議の「作り方」を考え抜いた人

タマリッツ以前、マジックの本というのは、だいたい「どうやるか」を教えるものでした。技法があって、手順があって、それを覚えて練習する。理論を語った先人もいます。でも、タマリッツほど「観客の頭の中」そのものを体系にした人はいませんでした。

代表作『Magic Way』(原著は1988年にスペインで出版。現在流通している英語版は2014年の新版です)の核心は「False Solutions(偽の解決法理論)」と呼ばれます。観客が思いつきそうな種——「さっき手に隠した?」「別のカードとすり替えた?」——を、演技の中であらかじめ一つずつ潰していく。たとえば「手に隠したのでは」と思われそうな場面では、その前に両手が空であることをさりげなく見せておく。「すり替えたのでは」と思われそうなら、すり替えが不可能なタイミングで一度カードを確認させておく。観客が後から振り返ったとき、どの説明の道も塞がれているようにするのです。そして全部の可能性が消えたとき、頭に残るのは「魔法」だけ。不思議は偶然の産物ではなく、設計できる。そう示した理論です。

『ファイブ・ポインツ』では、目・声・手・足・体という5つのポイントから観客とのコミュニケーションを組み立て直しました。原著の初版は1982年。タマリッツが熱に浮かされたように、わずか1週間で書き上げたと伝えられています。技法の本ではありません。マジシャンの視線が観客の視線を導くこと。声の高低とリズムが注意を操ること。立ち方ひとつが説得力を変えること。マジックに関して、演技の「身体」を正面から論じた本は、当時ほかにありませんでした。

変わった本もあります。『Verbal Magic』(2008年)は、彼がラジオの週刊マジック番組で演じた「言葉だけで成立するマジック」を40作以上集めた一冊。姿の見えないリスナー相手に、電波の向こうでマジックを起こす。マジックは目で見るものだという常識さえ、彼の中では絶対ではなかったわけです。

そして晩年の大著『Magic Rainbow』(英語版2019年)。573ページ。40年以上にわたる思索の集大成で、「マジックを観たとき、観客の心で本当は何が起きているのか」という問いを、これでもかと掘り下げています。世界大会F.I.S.M.は2009年、こうした理論面の仕事に対し、特別賞を贈りました。彼はF.I.S.M.において、1973年に演技の頂点を、2009年に思索の頂点を、それぞれ認められたことになります。

彼以後、「不思議さは作り込めるものだ」という考え方は、世界中のマジシャンに共有されていきました。

一つのジャンルをメジャーに押し上げる

もうひとつの金字塔が『ネモニカ』です。

デックの配列に企みを仕込む考え方そのものは、実際は数世紀前からありました。いわゆるメモライズド・デックも、20世紀前半には現れています。ただ、長いあいだ一部の研究家の道具に留まっていました。

タマリッツは2000年、約20年かけて練り上げた自身の配列「ネモニカ」と、そこから生まれる100を超える作品を一冊にまとめて発表します(英語版は2004年)。この配列のすごさは、設計思想にあります。新品の状態から、ファローシャッフルを数回行うだけで、この配列に到達できる。逆にたどれば、さんざん混ぜたはずのデックが、クライマックスで新品の並びに「戻る」という奇跡さえ演出できる。よくシャッフルされたように見える一組が、実は演者の頭の中で完全に把握されている。そこから生まれる不思議の数々が、この分野の景色を変えました。

この理論家は、実用家でもあります。彼以後、ネモニカは世界で最も使われる配列のひとつになり、メモライズド・デックはマジシャンの標準装備になりました。タマリッツは、一部の研究家だけが知る原理を、野心的なカードマジシャンなら一度は学ぶ主要ジャンルに変えてしまったのです。

スペインを「世界のマジックの都」にした

彼の寄与は、個人の作品にとどまりません。

1970年代の初め、彼は先達アルトゥーロ・デ・アスカニオらとともに「La Gran Escuela de Magia(マドリード・マジック学派)」を設立します。マジックにも、絵画や文学の運動のような「学派」が必要だ——技法だけでなく、理論と心理を仲間と徹底的に議論する文化が、ここから生まれます。

1974年からは、マドリード郊外のエスコリアルで、カードマジックだけを論じる会議を毎年主催しました。招待制で、集まるのは毎回30人ほど。世界中の研究家が「呼ばれること」自体を名誉とする、伝説的な会議です。毎年ひとつのテーマを決めて、3日間、朝から晩までカードマジックの話だけをする。そんな場を、半世紀近く続けたのです。

その土壌から何が生まれたか。

1991年、ファン・マヨーラルがF.I.S.M.のジェネラルマジック部門で優勝。2015年にはヘクター・マンチャが、2018年にはミゲル・ムニョスが、F.I.S.M.ステージ部門の最高賞グランプリを獲得します。2022年のケベック大会では、クロースアップ・マイクロマジック部門(同点優勝)とステージ・イリュージョン部門でスペイン人が優勝、ほかにも二つの部門で2位に入りました。

人も育てました。「タマリッツの一番弟子」と呼ばれるダニ・ダオルティス。ウディ・アラゴン。スペインのテレビで国民的人気を持つルイス・ピエドライタ。コインマジックのミゲル・アンヘル・ヘア。他にもたくさん。世界のマジック地図で、スペインは今や間違いなく強豪国です。

ニューヨーク・タイムズが2023年に付けた特集の見出しが、すべてを語っています。「スペインを世界のマジックの都にした男」。記事にはこうあります「スペイン中のマジシャンが、そしてマドリード中のウェイターまでが、彼を「マエストロ」と呼ぶ」。一人のマジシャンがマジック界のみならず、一つの国の文化としてマジックの水準を丸ごと引き上げてしまった例を、私はほかに知りません。

科学が追いかけた人

もうひとつ、意外な波及先があります。学術の世界です。

2010年代以降、「マジックを観ているとき、人の脳では何が起きているのか」を研究する心理学・神経科学の論文が増えました。その中で、タマリッツの「フォールス・ソリューション」の考え方は、注意やミスディレクションを分類する枠組みとして、査読付きの学術論文に引用されています。神経科学者が世界の一流マジシャンを研究した書籍『脳はすすんでだまされたがる』(原題 Sleights of Mind)にも、彼は登場します。

舞台の上の直感を、科学が後から追いかけて検証したのです。理論家タマリッツの面目躍如でしょう。晩年には彼を追ったドキュメンタリー映画の制作も複数進んでいました。2024年のメモライズド・デックも関わってくるドキュメンタリー『Lost in the Shuffle』にも出演しています。

何より、本人がいちばん不思議だった

ここまで書いておいてなんですが、白状します。私(滝沢)は学生時代に、レクチャービデオで彼の演技を観て「普通だな」と思っていた人間です(見る目がない!)。

その後にライブで観て、頭が吹っ飛ぶような衝撃を受けました。あるコンベンションのガラショーで、前半にFISM入賞者が次々に登場する豪華なショーがありました。会場はすさまじい盛り上がりで、これは後半のプロの出番も喰われるのではという勢い。そうして迎えた後半のクライマックスで、タマリッツが登場です。千人規模のステージで、派手なマニピュレーションなどのステージマジックで盛り上がりに盛り上がった舞台。それを、デック一つで、完全に圧倒するパフォーマンスを見せたのです。笑いっぱなしの、あんなに騒がしい演技なのに、「ほんとに?ほんとにこれでカードが当たるの!?」という不思議をダイレクトに届けてしまう。まさに名人の至芸でした。

ハリウッドのマジックの殿堂マジック・キャッスルは、彼に「マジシャン・オブ・ザ・イヤー」(1992年)をはじめ三度の栄誉を贈っています。世界中のマジシャンが、「マジシャンのためのマジシャン」として認める人物。そんな彼は、愛とシェアの人でもありました。

2014年、大阪で彼の5時間ワークショップを開催したときのことです。ふと二人きりになった時間があったのですが、そこで彼が「マジック見るかい?」とトランプを取り出しました。演じてくれたのは、ごくシンプルなカード当て。しかしそれが、私の知っているどの原理でも説明がつかないのです。まだ知り合って間もない私に、一対一でそんな贅沢な時間をくれたタマリッツ。私は緊張と興奮でずっと震えていました。あのカード当て、いまだにやり方が分かりません。

そして、知恵を惜しみなく手渡す人でもありました。2012年に『ファイブ・ポインツ』の日本語版を出す少し前、翻訳権の話が前に進まず落ち込んでいた私に、ほぼ初対面だったにもかかわらず「いい話じゃないか、やりなさい。出版社には僕が話をしてあげるよ」。世界の頂点にいる人が、極東の何者でもない一若造にまで、そうだったのです。

もう見せてもらえない、ということ

マドリードで行われた通夜には、こんな趣向があったそうです。弔問に訪れた人たちが、一枚ずつトランプに追悼の言葉を書き込んでいく。彼を送る方法として、これ以上のものはないと思います。遺族によれば、その遺産を守る財団の設立と、公式の追悼式も計画されているとのことです。

これから先、新しい不思議を彼から見せてもらうことは、もうありません。それがどれくらい大きな喪失なのか、実感が追いつきません。

救いは、彼がその考え方を、本と映像のかたちで次の世代に手渡していったことです。日本語で触れられるものは、記事の末尾にまとめておきます。彼の名前を今回はじめて知った方が、いつかその考え方に触れてくれたらと思います。

演技が終わるごとに見えないバイオリンを弾いてみせた、あのしゃがれた歌声は、きっとこれからも鳴りやみません。

滝沢(スクリプト・マヌーヴァ 代表)

タマリッツの著作・映像——日本語で触れられるもの

参考情報源