
映画『グランド・イリュージョン/ダイヤモンド・ミッション』(C) 2025 Summit Entertainment
「マジック・デパートメント」の誕生
マジシャンたちが活躍する人気の映画シリーズ「グランド・イリュージョン」。
マジックを題材にした映画ではこれまでもマジシャンたちが関わってきましたが、今回公開されるシリーズ第3弾は、映画とマジック業界の関係を一段階引き上げた作品として記憶されるかもしれません。
監督のルーベン・フライシャーが最初に宣言したのは、「プラクティカル・マジック」という方針です。
プラクティカルとは「実際に可能な」という意味で、これはいわば「コンピューターグラフィックスに頼らず、現実にあるマジックの原理で成立可能なマジックだけを映画に盛り込む」という宣言でした。その実現のために結成されたのが、映画史上初とされる「マジック・デパートメント」とでも呼ぶべきチームです。
通常の映画では、マジシャンは「技術顧問」として1〜2名が個別に雇われます。しかし今回は、複数の専門家がひとつのチームとして組織され、脚本の開発段階から撮影の現場、そして編集後のポストプロダクションまで、全工程にわたって映画制作に組み込まれたと言います。
チームは大きく二段階に分かれています。
脚本段階のアイデアを担う「スクリプト・チーム」と、ハンガリーのブダペストでの撮影現場に常駐した「オンセット・チーム」です。この体制を提案したのが、後述するランディ・ピッチフォードでした。
以下、各人物の役割と経歴を詳しく紹介します。
「マジック・デパートメント」を設計した男
ランディ・ピッチフォード(Randy Pitchford)
役職:マジック・デパートメント統括/マジック・キャッスルオーナー

本作のマジック・デパートメント全体を設計・統括した人物です。「ボーダーランズ」シリーズで知られるゲームスタジオGearboxの創業者として有名ですが、実は彼にはマジシャンとしての顔も持ちます。
彼のマジックとの縁はその血筋にあります。ピッチフォードの大叔父にあたるのが、20世紀の名マジシャン、カーディニ(本名 Richard Valentine Pitchford)です。カーディニは1920年代から50年代にかけて活躍し、カードや四つ玉、シガレットなどのマニピュレーションを現代マジックの定番技法として世界に広めた伝説的な存在です。
ピッチフォード自身も学生時代からプロとしてマジックを演じ、ゲーム業界に転身してからも、ロサンゼルスの会員制マジッククラブ、マジック・キャッスルの熱心な会員であり続けました。
2022年4月、ピッチフォードはこのマジック・キャッスルを長年の所有者であったグローバー家から購入、新オーナーとなりました。購入の背景にはコロナ禍と過去の火災による経営難があったようですが、ピッチフォードの決断はデビッド・カッパーフィールドやペン・ジレットらトップマジシャンたちから絶賛されました。さらに彼はマジック専門誌Geniiの発行人でもあり、業界の情報とネットワークを一手に握る存在です。
本作への関与は2023年12月、プロデューサーのイーサン・スミスからの一本の電話に始まります。スミスは以前にGearboxと「ボーダーランズ」の映画化でも仕事をしていた縁がありました。ピッチフォードは単なる「技術顧問の紹介」ではなく、「マジシャンたちによる独立した部門を制作チームに組み込む」という前例のないアプローチを提案。「私たちが目指したのは映画史上初の”マジック・デパートメント”を制作チームに埋め込むこと。開発から撮影準備、毎日の撮影、ポストプロダクションまで全段階に関わった」と語っています。
参考:MovieMaker / Genii Magic / Wild About Houdini
脚本を書いたマジシャンたち(スクリプト・チーム)
ジム・スタインマイヤー(Jim Steinmeyer)
役職:スクリプト・フェーズ マジック開発コンサルタント
ニューヨーク・タイムズが「現代マジシャンたちを支え続けてきた影の発明家・デザイナー・創造的頭脳」と呼んだ人物です。スタインマイヤーは表舞台に立つマジシャンではなく、偉大なマジシャンたちのために「舞台裏で魔法を設計する人」です。
その仕事の規模は圧倒的です。デビッド・カッパーフィールドの「自由の女神の消失」(1984年テレビ特番)の仕掛けを考案したのも彼であり、ブロードウェイのディズニー版「美女と野獣」での野獣の変身シーン、「メリー・ポピンズ」のカバンから荷物が次々出てくるシーン、「アラジン」の魔法のカーペット——これらはすべて彼のイリュージョン設計によるものです。ダグ・ヘニングのブロードウェイ公演2本・テレビ特番4本でもイリュージョン・デザイナーを務め、ジークフリート&ロイ、ランス・バートン、オーソン・ウェルズら伝説的な名前が顧客リストに並びます。
マジック史に関する著書も多数あり、「ゾウを消せ—-天才マジシャンたちの黄金時代」はロサンゼルス・タイムズのベストセラーになっています。2018〜2020年にはマジック・キャッスルの会長も務め、2024年にはアカデミー・オブ・マジカル・アーツからライフタイム・アチーブメント・フェローシップを受賞しました。
脚本チームの中でハルブルックスは彼をこう紹介しています。「ジムはGenii誌の読者には紹介不要の伝説だ。舞台マジックのデザイナー、作家、歴史家、その頭脳は幾何学とミステリーで動いているようだ」。
本作での役割は脚本段階のイリュージョン設計の哲学的・技術的支柱です。実際に監督が「それは不可能では?」と疑問を呈したアイデアを、スタインマイヤーがズームミーティング上でダンボール模型を使いながらその場で実証した、というエピソードが紹介されています。
参考:jimsteinmeyer.com / Genii Magic / Wikipedia
トビー・ハルブルックス(Toby Halbrooks)
役職:スクリプト・チーム 物語構造担当コンサルタント

映画プロデューサー・脚本家・監督と、映像業界の内側を知り尽くしたマジシャンです。ピッチフォードとは古くからの友人で、「夢のコンサルタント・リスト」を考える際にまっ先に前が挙がった人物のひとりでした。
彼自身の言葉によれば、スクリプト・チームでの自分の役割は「物語の感情的な背骨を見つけ、それぞれのマジックトリックの裏にある人間的な意味を構造として整理すること」だったといいます。言い換えれば、マジックの「仕掛け」を考えるのではなく、「そのマジックが物語の中でなぜ機能するのか」という脚本的な文脈を担当しました。映画制作者の論理とマジシャンの論理が衝突する場面での橋渡し役として、不可欠な存在でした。
また、本作の制作の舞台裏を業界向けに詳述した記事「Now You See It… Behind the Scenes」をGenii Magazineに執筆しています。
参考:Genii Magic(ハルブルックス自身による記事)
ジャレッド・コフ(Jared Kopf)
役職:スクリプト・チーム参加+現場代替要員(2回)

テキサス州ダラスを拠点に、劇場・映画・テレビ向けの実践的なマジックエフェクトを手がけるマジシャンです。クラシックなカードマジックの名手で、ダイ・ヴァーノン系譜の継承者ボブ・ホワイトに師事。「マジックはマジシャンが技術を誇示するものではなく、観客が不思議を体験するもの」という哲学を大切にする、人間的な温度感を持つパフォーマーとして業界で知られています。
ハルブルックスはコフを「アイデアそれぞれに人間的な肌触りをもたらした、パフォーマーとしての本能の持ち主」と評しています。
脚本段階での参加に加え、オンセット担当のベン・サイドマンが既存の出演契約のために現場を離れざるを得なかった際に、代替要員として撮影現場にも入りました。
本作でもっとも引用されるマジシャンの発言のひとつが彼の言葉です。「マジックをシーンに”追加”することはできない。マジックがあって初めて成立するシーンを書かなければならない」。これはマジックが映像作品においていかに扱われるべきかを端的に表した言葉として、制作チーム全体の共通認識となりました。
参考:One Ahead(サイドマン本人インタビュー) / jaredkopf.com
現場を動かしたマジシャンたち(オンセット・チーム)
ベン・サイドマン(Ben Seidman)
役職:俳優へのマジック指導 主担当

Vanity Fair誌が「スライト・オブ・ハンドの専門家」と紹介するロサンゼルス在住のマジシャン・コメディアンです。
映像コンサルタントとしての実績は豊富です。クリス・エンジェルのA&Eテレビシリーズ「Mindfreak」では3シーズンにわたってイリュージョンを設計し、映画「ジャッカス」ではジョニー・ノックスヴィルにマジックを指導。ラスベガスのマンダレイ・ベイ・リゾート&カジノで史上唯一の専属マジシャンに指名された経歴も持ち、マカオのベネチアンでは120回の公演という記録も残しています。「Penn & Teller: Fool Us」にも2回出演しています。
本作での主要任務は俳優陣へのマジック指導です。撮影前にロサンゼルスで集中セッションを行い、ブダペストの現場でも継続的に指導にあたりました。サイドマンはインタビューでこう語っています。
「私たちマジシャンが無意識にやっていることをすべてゼロから分解しなければならない。カードの持ち方ひとつ、目線の動かし方ひとつ、すべてを言語化して教えた。理論上は誰にでも教えられるはずだが、実際には何年もの練習が自然な動きを生んでいる。俳優がマジシャンに”見える”ようにするための最大の課題は、そのギャップをどう埋めるかだった」
この言葉は、映画の「嘘」ではなく「本物のマジック」にこだわった今作の制作姿勢を端的に表しています。
参考:One Ahead / Wikipedia / benseidman.com
ジョン・ロビック(John Lovick)別名「ハンサム・ジャック(Handsome Jack)」
役職:現場での演出監督的コンサルタント
アメリカのマジシャン・作家・演出家。マジック・キャッスルの理事を歴任し、2016年にパーラー・マジシャン・オブ・ザ・イヤーを受賞しました(13回ノミネートの末)。マジック・キャッスルではパーラー・マジックのカテゴリーが独立した部門として格式を持っており、その最高賞を受賞したことは業界での評価の高さを示しています。
ロビックは南カリフォルニア大学演劇学部の非常勤講師でもあり、マジシャンとしてだけでなく演劇の理論と実践にも精通しています。2022年にはアシ・ウィンドのオフ・ブロードウェイ公演「Inner Circle」をジャドソン・シアターで演出し、好評を博しました。MAGIC誌・Genii誌では副編集長も務め、マジックに関する著書・製品も多数リリースしています。
現場での役割は「演出監督的なポジション」——カメラとの角度の整合性、イリュージョンの見せ場の構成、俳優の動きとトリックのタイミングを総合的に監督しました。追加撮影が発生した際に、監督が「2時間後に新しい印象的なマジックシーンが必要だ」と突然伝えてきたことがあり、ロビックが現場へ向かう車中の15分間で5つのアイデアを考案し、監督がそのひとつを採用。タロットカードを使ったライジング・カードのルーティンとしてシーンに収められたというエピソードが紹介されています。
彼の著作「ハンサム・ジャック:エトセトラ」はスクリプト・マヌーヴァから邦訳版が出版されています。
参考:Wikipedia / Genii Magic
ニルス・ベネット(Nils Bennett)
役職:オンセット・コンサルタント

ブダペストの撮影現場に参加したオンセット・チームの一員。サイドマン、ロビック、ベネットの3名が現場の中核コンサルタントとして機能し、役割は「書類上では明確に分担されていたが、実際にはたえず重なり合い、流動的に変化した」とサイドマンは語っています。
参考:One Ahead
レア・カイル(Léa Kyle)
役職:オンセット・コンサルタント

フランス・ボルドー出身のマジシャン。クイック・チェンジのアクトが代表作で、2019年にフランス・マジック選手権でフランス・チャンピオンを獲得。2021年にはアメリカの大人気オーディション番組「America’s Got Talent」でゴールデン・ブザーを獲得し、ファイナルでトップ5入りを果たしました。ペン&テラーの「Fool Us」では見事にFoolerとなった経験も持ちます。そして2025年には、FISMのジェネラルマジック部門で第1位に輝きました。
本作ではGenii誌の記事に名前が挙がっており、ブダペストの撮影現場チームの一員として「波のように入れ替わりながら」参加したメンバーの中に含まれています。
参考:Genii Magic / leakyle.com / Wikipedia
監督の目に留まったパフォーマー型コンサルタント
ヘルダー・ギマレス(Hélder Guimarães)
役職:コンサルタント(監督の「マジック観」を形成した存在)

ポルトガル出身。マジシャンの父を持ち、3歳で初めてマジックを披露したというプロフィールを持ちます。後にドラマ・アーツの大学教育を受け、演劇的な物語性とスライト・オブ・ハンドを融合させた独自のスタイルを確立しました。
2006年、23歳でFISM(国際マジック連盟)のカードマジック部門において世界最年少チャンピオンとなりました。マジック・キャッスルのパーラー・マジシャン・オブ・ザ・イヤーを2011・2012年に連続受賞。ニール・パトリック・ハリスが演出したオフ・ブロードウェイ公演「Nothing to Hide」(2012〜13年)がニューヨークで110回以上のロングランを記録し、国際的な評価を確立しました。コンサルタントとしてはNBC、Disney、Warner Brosの作品に関与し、映画「オーシャンズ8」ではサンドラ・ブロックとケイト・ブランシェットにマジックの個人指導をしています。
監督のフライシャーがマジック・キャッスルで彼のパフォーマンスを観て衝撃を受け、コンサルタントとして迎えた経緯があります。ギマレスが体現する「マジックは欺きではなく啓発の手段だ」という哲学が、今作が「プラクティカルで知的なマジック」を目指す方向性に大きなインスピレーションを与えました。
彼のマジックやマジック創作の思想は日本語でも紹介されています。
参考:TIME Magazine / Wikipedia / Geffen Playhouse
アラン・ナシフ(Alan Nassif)別名「アル・ナズ(Al Naz)」
役職:サブコントラクト・マジック・コンサルタント
ロサンゼルスを拠点とするクローズアップ・マジシャン。デビッド・ブレインのABC特番「David Blaine: The Magic Way(2020年)」、ペン&テラーの「Fool Us」、「America’s Got Talent」などでマジック・コンサルタントを歴任してきました。複数の著名テレビ番組での経験を持つ実務派コンサルタントとして本作に参加しました。
参考:IMDb(Alan Nassif Biography)
この映画が業界にとって持つ意味
本作とマジック業界との関わりの特徴は、「個人のコンサルタント起用」から「チームとしての部門化」という質的転換にあります。ランディ・ピッチフォードの提案により、マジシャンたちは単なる「アドバイザー」ではなく「制作部門」として映画に統合されました。脚本を書く段階からマジシャンが参加し、「マジックがあって初めて成立するシーンを書く」という製作スタイルの転換が、過去2作との差異化を生んでいるのかも知れません。
ハリウッド大作の一翼を、マジシャンたちがその根本から担うという興味深い時代が来ていますね!
日本公開情報
| 邦題 | グランド・イリュージョン/ダイヤモンド・ミッション |
| 原題 | NOW YOU SEE ME: NOW YOU DON’T |
| 日本公開日 | 2026年5月8日(金) |
| 日本配給 | KADOKAWA |
| 米国公開日 | 2025年11月14日(Lionsgate配給) |
| 公式サイト(日本) | https://movies.kadokawa.co.jp/grandillusion/ |
| 公式X(旧Twitter) | https://x.com/GI4HM |
